鬼滅の刃

鬼滅の刃 下弦の壱・姑獲鳥について身の毛もよだつこわーい話

小説『風の道しるべ』

皆さんは、鬼滅の刃の登場人物に『粂野匡近(くめのまさちか)』そして、前・下弦の壱 姑獲鳥(うぶめ)をご存知ですか?

これは、不死川実弥との関わりがあった人物達。
本編ではあまり多くは語られていませんでしたが、
小説『風の道しるべ』で少し明らかになりました。

粂野匡近(くめのまさちか)について

まずは、粂野匡近(くめのまさちか)について
故人であり、本編で実弥の回想シーンで少しだけ登場しました。
風の呼吸を使っていたと思われます。

何故なら、実弥が家族を鬼に奪われた後、
自分の血が特別ことに気付き、
稀血と日光で鬼を倒すという無謀な方法をしていたとき、
2人は出会い粂野が育手を紹介したので、
実弥と同じ呼吸だと思われます。

人物像としては、明るく屈託のない性格の持ち主で、
優しい人物でした。
そんな粂野に実弥は、鬱陶しいと思っていましたが、
次第に心を開いていき、いつしか兄弟のように仲が良くなっていました。
年齢は、粂野の年齢が実弥より上である事は本人の遺書から
『弟と重ねている』という文面があったので年上。

実弥の年齢が21歳なので生きていれば、
粂野の年齢は22歳~23歳あたりなのではないかと推測。

実弥が、初めて柱合会議に出たとき胡蝶カナ工が生存している為、4年以上前にあたります。
従って実弥が17歳以下の頃に出会ったことになるので、
粂野の当時の年齢は18~19歳くらいだったと認識できそうです。
しかも、過去の工ピソードで『少年』というフレーズが、
使われている為、19歳未満だと思われます。

何故亡くなったのか?

本編では、詳しくは書かれていませんでしたが、
小説『風の道しるべ』にて判明しました。

ある任務を実弥と共に当時の下弦の壱『姑獲鳥』と対峙することとなり、そこで命を落としてしまいました。

その鬼は、自分がしあわせになるために大勢の子供をさらって、
自己満足だけの育児をしては衰弱させ、
自分の中に還して幸せにするという理由で喰っている。
粂野はそんな自分勝手な言い分に怒りつつも冷静に物事を判断し、血鬼術にはまった実弥のアシストをして貢献。

しかし、鬼のことを『母親』だと庇った少女を守るために、鬼の攻撃をまともにくらってしまったため死亡してしまいました。

何故鬼殺隊に入ったのか?

粂野が、亡くなった後の遺書で明らかになっています。
粂野の弟は鬼に殺されており、
その仇を討つために母親の反対を押し切って鬼殺隊に入っていました。
実弥と出会った後は、死んだ弟と彼を重ね合わせており、ほっとけずに何かと気にかけていた。

粂野から見て実弥は弟のようでしたが、
実弥も玄弥がいて、その思いは粂野と同じ、
だからあんなに玄弥を突き放して鬼殺隊を辞めさせようとしたり、優しさが仇になることを知り、
本当は優しい実弥は、それを押し殺していたのでしょうね。

下弦の壱・姑獲鳥(うぶめ)について

まず、姑獲鳥(うぶめ)の元ネタとなったと思われるのが、
六朝時代(3~6世紀)に成立した博物誌『玄中記』による『姑獲鳥(こかくちょう)』。

鬼神の一種で、妊婦が死んで変じたもので、その恨みから人間の子供をさらっては、自分の子として育てるそうです。

また、干してある子供の衣服を汚して病気にしてしまい、羽毛を脱ぐと人間の女性の姿になるとされています。

日本でも江戸時代の百科事典『和漢三才図会』などに記述されています。
姑獲鳥は、この中国の伝承が仏教僧などによって持ち込まれたもので、やがて産女(うぶめ)と結びついて変化していったそうで、
ウブメを漢字で表すと『産女』又は『姑獲鳥』と表されます。

日本では、妊婦の妖怪と呼ばれていました。
死んだ妊婦をそのまま埋葬すると『産女』になるという概念は、古くから存在している。
多くの地方で子供が産まれないまま妊婦が産褥で死亡した際は、
腹を裂いて胎児を取り出し、母親に抱かせたり負わせたりして葬るべきと伝えられていたそうです。

胎児を取り出せない場合には、
人形を添えて棺に入れる地方もあったんだとか。

そして、茨城県で似た伝承があり、
夜に子供の着物を干すと、「ウバメトリ」という妖怪が自分の子供の着物だと思って、他人の子供を奪って自分の子とする習性があり、
子供や夜に干してある子供の着物を発見すると血又は乳で印をつけ、付けられた子供は、たちまち魂を奪われ、
ひきつけの一種である無辜疳(むこかん)という病気になるそうです。

これは中国の姑獲鳥が由来とされ、
かつて知識人によって中国の姑獲鳥の情報が
茨城に持ち込まれたものと見られているようです。

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